手入れをすると、モノは輝きだす!

暖かくなって、衣替えのシーズンになりました。

冬に大活躍したニット類はすべて手編み。
クリーニング店には出さず、おうちで手洗いをしています

先日、ニットワンピースを洗ったときのこと。

丁寧に洗い、よく干してふかふかになったワンピースをたたんで、衣装ケースに収納しようとしたとき、

「美しい」

と思いました。

実はこのワンピース、そこまで気に入っていなかったのです。
服が少なく、便利なアイテムだったため活用していましたが、手放しても良いかもと考えていました。

それなのに、たっぷりと着込み、少なからず傷んでいるワンピースなのに、シーズン前より素敵に思えてきたのです。

「美しい暮らし」は何か、常に問いかけ、追求しています。
今まで薄々気づいていたような気がしますが、「美しさ」は「磨かれる」ものだとはっきりと理解しました。

あまり気に入っていなかったワンピース

このワンピースに使った毛糸はもともと母が購入したモノでした。
いつ購入したかは分かりませんが10年以上、多分20年くらい前のものだと思います。

母も片づけをしなくてはと意識しているので、長年放置していた毛糸に手をつけました。
「編まない(使わない)なら捨てなければならない」と考えているようです。
捨てることに躊躇があるため、編むことにしたのです。

当時毎月取り寄せていた、ハマナカの編みもの情報誌アイアムオリーブに掲載せれていたケープを編みました。
見頃、袖、裾とパーツを分けて編むのが基本と教わった母にとって、一体型のケープは不思議で興味を引くものだったようです。
同時期、孫にもケープを編んでいました。

とても素敵な作品に仕上がったのですが、老年を迎える母には並太の毛糸はやや重かったようです。
ケープなので限られたシーズンしか着られません。
編みあがった最初のときに数回着たくらいで、お蔵入りになってしまいました。

家の荷物を少しでも減らしたい私は、母の許可を得てケープを解体し、残り毛糸を足して私が別の作品を仕立てて活用することにしました。
ケープをそのまま利用しなかった理由は、私にはほかにお気に入りのケープを持っていたことと、残り毛糸がかなり余っており、まとめて片づけたいと考えたからです。

「重い」と母が称した毛糸ですが、実際はアクリルが入っており、通常のウール100%より少し軽いくらいです。
毛糸量も12玉とあったため、大物に挑戦することができました。

編み図はヨーロッパの手編み 2012年秋冬号より。
このワンピースのパターンは気に入っていて、2作目になります。
前作は選んだ毛糸が合わず、完成後、即解体してしまいました。

裾の透かし模様を活かすため極力シンプルなデザインなので、このグラデーションの毛糸とは好相性でした。
母は色味などはとても気に入っているようでしたが、私にとっては仕方なく使うという印象が拭えませんでした。

糸は古いものでしたが、上質でした。
完成したワンピースは素敵ではありますが、ベストでもない感じ。
少ない服で暮らすには、全てのアイテムが1軍であることが大切です。
このワンピースは私にとっては1.5軍くらいの印象でした。
60着くらい服があれば気に入って持つけれど、30着以内となると、もっと自分に合うデザインがあるのではないかと考えてしまいます。

結構労力もかかったし、毛糸もギリギリ使い切ったので、解体する選択肢はありません。
自分で着るか、誰かに譲る(寄付など)か、です。
譲る場合は、なるべく傷みがでないうちが良い。
来シーズンまでに、結論を出そうと考えていました。

そんな決して自作ワンピース贔屓でない考えでした。

劣化しているのに美しい

ワンピースが完成したのは去年の冬の終わり。
今シーズンは真新しい状態からはじまりました。
上質な毛糸で編んだので、分かりやすい毛玉などはないのですが、シーズン前のまっさらなワンピースより確実にくたびれていました。

それなのに、輝いてみえました。

来シーズン、もう一度袖を通してみよう、
せっかく編んだのだから、もっと楽しもう、
自然とそう思えたのです。

ほかにセーター(20年選手!)を持っていて、いつ手放そうか考えているのですが、手入れをするとやはり来シーズンも着たいと思えました。

新しい服ってきれいで美しいです。
風水的にも良いようですね。
少なく服を持つと、すぐに服が傷み、すぐに買い替える循環が出来上がります。
それがとても気持ちいいので、むしろ古い服を持つことに抵抗を感じてしまうことがあります。
劣化したワンピースを「美しい」と思ったのはこの感覚とは異なるようです。

仕方なく完成させた訳ありワンピースでした。
シーズンが始まる前は「似合わないんじゃないか」「また無駄なモノを編んでしまったのではないか」と何度も考えてしまいました。
手間をかけて作ったのに、着ることなく手放そうと考えていたくらいです。
美しいと言えば美しいワンピースでしたが、私が選んだ毛糸ではないし、私に寄り添っていない感じに違和感がありました。
好きだから「美しい」というわけでもありませんでした。

シーズンが始まり、着てみるとまぁまぁ悪くありませんでした。
服が少ないため、3~4日に1回は手を伸ばしていました。
ちょっとしたお出かけのとき、このワンピースが活躍し、信頼が増していきました。
当たりがきつかったのに、何だか気になる存在になってきました。
少し「美しい」に近づいた気がします。

そして手間をかけ、丁寧に手入れをしたとき「美しい」に到達しました。

そこで気づいたのです。
美しさは、必ずしも傷がないことではないのだと。
アンティークのように、使いこむことで磨かれる美しさがあると感じました。

使いこみ、手入れをし、愛着と信頼を抱くことで「美しい」が「磨かれる」のです。

これは私の暮らしの理想と通じます。
現在、断捨離熱を加速させています。
最近はいらないから手放すのではなく、大切なモノを大切に扱うために(さほど大切でないモノを)手放す、という風に考えるようにしています。
大切なモノ、必要なモノは、きっとごく僅かです。
その少ないものを丁寧に手入れをすることが、私の理想の美しい暮らしなのです。

古いモノは運気が下がる?

夏のトップスなどは洗濯頻度が高く傷みが激しいため、毎シーズン新しいくおろしたい気持ちですが、冬のウール、特に手編みの高級毛糸はとても長持ちします。
大切に、大切に手入れをして長く使いたいと思いました。

手持ちアイテムの値段で緩急差をつけてオシャレを楽しむ人がいますが、私の場合は新しいモノ古いもので緩急差をつけるのも良いなと考えました。

古いモノは運気が下がるとよく書かれていますが、それは古い気、滞った気が染みついているからでしょう。
よく手入れし、良い気を込めていれば、古いものでも、いえ、もしかしたら古いものだからこそ一層美しく輝くように思います。

2か月前に靴を6足から4足に減らしました。
もともと少ない数でしたが、4足に減らしたことでより熱心にこまめに手入れをするようになりました。
モノを大切に扱いだし、愛情を持つようになりました。
私の適量は4足だったようです。
だいぶくたっているので早急に買い替えを検討していましたが、もう少し使えるように感じました。
今まで私はすぐに手放し過ぎていたのかもしれません。
さほど熱心に手入れをすることもなく…。

関連記事→断捨離の果てに靴が4足に!ミニマリストな靴を大公開

どのくらいのモノが適量か、目安は丁寧に手入れし大切に扱える量だと考えます。
管理能力の高くない私は、やはり少なめが丁度良いようです。

 

おうち洗いを極める

今日、ようやく最後の冬物の洗濯が終わりました。
本当はもう少し早く終わらせたかったのですが、季節の変わり目は天候が崩れることが多く、干す場所が確保できなかったりとなかなか思う通りに進みませんでした。
手持ちアイテムの数は少ないのですが、遅れ遅れとなりました。

厚手のニット類は3月の終わりころに洗濯をし収納します。
春先でも重宝する薄手のカーディガンは4月になっても愛用しています。
ニットは徐々に薄手化を目指しているので、4月下旬頃に衣替えを完了させるのは私の暮らしの定番になりそうです。

手洗いは、ウール製品でも液体石けんで洗っています。
特に着られないような縮みや伸びなどトラブルがあったことはありません。
ただ、20年選手のセーターはもしかしたら昔より若干サイズが縮んだかもです。
同じようなサイズ感のセーターを作りたくて過去に計測した記録が残っているのですが、今のサイズより大きいんです。
初心者が適当に測った記録なのでそもそも数値に信用性がありません。
母が中学生の兄のために編んだものなので、もともと私が着るには少し大きめで、今もゆったりしているくらいなので問題はありません。

とはいえ、大切に扱うためにはきちんとした手入れを習得したいものです。
持ちモノの量がある程度落ち着いてきた今、どのように管理をするのかが今後の課題になりそうです。